現代の歯科医療の問題点
歯科における2大疾患は虫歯と歯周病です。
虫歯や歯周病は、重症とならない限りはそれほど悩まれる患者さんは少ないと思います。虫歯や歯周病になった時に治療すればよいと思われている人がほとんどではないでしょうか?
たとえば、風邪や小さな怪我のような病気は、自然に治る、あるいは医療機関を受診することでほとんど完全に治ります。つまり病気になる前と同じ状態に戻ります。
しかし、虫歯や歯周病は一度発症すると本当に早期の状態を除いては自然治癒が望めないばかりでなく、歯科医院で治療を受けて症状が消えたとしても完全に元の状態に戻っているわけではありません。虫歯であれば悪くなった所を削り金属や樹脂などを詰めて欠損したところを埋めているにすぎません。また歯周病では失ってしまった歯を支える骨をもとの状態に戻すことはほとんど不可能なのです。
原因に対するアプローチがなかった
今まで一般的に行われてきた歯科治療は、なぜ虫歯や歯周病が起こってしまったのかその原因に対するアプローチをすることなく、結果として起こってしまった虫歯や歯周病の後始末を行い、病気の進行を止める、遅らせることで治療は終わりとなっていました。これは極端な言い方をすれば、これまでの歯科医療は病気を完全に治せていなかったと言えるのではないでしょうか?
治療した歯のその後
たとえば虫歯の場合、初めは小さな虫歯を削り詰める処置から始まります。その時はそれで治まるわけですが、しばらくするとその詰め物が外れたり、詰め物のまわりに新しい虫歯が出来てしまい、そのやり直しが繰り替えされ、そして何度目かの治療で神経を失い、大きな被せものをすることとなり、その歯が痛むと今度は、神経の治療のやり直し、あるいは歯周病がひどくなり、その歯を抜かなくてはならない状態となり、前後の歯を削りブリッジとなり、またその歯も悪くなり義歯となっていくという悪循環になっていくという現実があります。
もちろん治療方法や材料の進歩により治療のクオリティは格段に良くなってきており、悪循環を遅らせる、あるいは止める事が可能になってきていることは間違いありません。
予防には保険は効かない?
しかしクオリティの高い治療をうけるためには時間、費用等、現在の保険治療ですべて網羅することは難しいと思います。日本の保険制度の上では、基本的には病気となって初めて保険が適用されます。つまりは予防には保険は効かず、患者と言う不幸な状態にならなければ機能しないシステムと言えます。
日本の現状
先進国では、虫歯も歯周病も減少していると言われている現在、日本の現状はどうでしょうか?
昭和30年から40年代にかけて、歯科医師不足が深刻な問題となりました。ひどい虫歯の人が激増したにもかかわらず、歯科医院は少なく、どこの歯科医院でも朝早くから順番を待つ患者さんであふれ、なかなか治療が受けられない、受けられても5分と治療してもらえないといった時期がありました。
世界的にも同様の現象が起こっていたのですが、この問題を解決するのに大きな分かれ目がありました。
1つは「病気をなくす」こと。もう1つは「治療する人を増やす」という選択です。
北欧では最初の「病気をなくす」選択を行いました。その結果、予防歯科に関する科学的な事実が積み上げられ医療から保険制度まで予防を重視した方向に進んで行きました。
日本が選んだ「治療する人を増やす」
日本は後者の「治療する人を増やす」という選択を行いました。病気を積極的に治すために歯科医師の数を増やしました。昭和40年頃から歯学部、歯科大学を次々に新設していきました。結果として、病気を予防し、原因を治すことは無視され、後始末の治療に全力が注がれることとなりました。
それぞれ別の道を選択したわけですが、現在どのような状況となっていると思いますでしょうか?
現在20歳の日本人は、虫歯の経験が1人平均9.2本あります。一方病気をなくす、すなわち予防の道を選んだスウェーデンは、40年くらい前は日本の状況とたいして変わらなかったのですが、毎年のように虫歯になる歯は減り、1999年には4本以下となりました。そして1本も虫歯のない人はスウェーデンでは5人に1人であるのに対し日本では25人に1人という状況となってしまいました。
つまりは「歯科医は増えたが、虫歯も増えてしまった。」ということになるかと思います。
現在日本の歯科医療は大きな転換期を迎えていると思います。現在の保険制度は、皆がすぐに最低限の治療を受けられるという点では世界に誇るべき制度ではあると思います。ただ歯科医に与えられる診療報酬は、出来高制であり、治療を行っただけ報酬が与えられることとなっています。もしプラークコントロールが適切に行われれば経過観察ですむような虫歯であっても、経過観察では治療報酬はもらえません。削って詰めることで初めて報酬がもらえることとなります。そしてこれまで書いたような悪循環が形成されている可能性があります。
予防を中心とした歯科医療
しかしこうした歯科界の現状を憂い、本当に患者さんのためとなる歯科医療を目指す動きがあります。それが予防を中心とした歯科医療であり、収入を保つために「削って、詰めて収入を得る」という歯科医療からの決別です。
現在行われている歯科治療の80%は、いままで治療された部位のやり直しと言われています。それらは本当に必要な治療なのでしょうか?
小さな詰め物からはじまり、そのやり直しを繰り返し、神経を取り、大きな被せものとなり、歯を抜くこととなり、ブリッジや義歯となっていく。
今私たちができることは、この歯科治療の悪循環に対して、1人でも多くの方を入れないこと、この流れに入ってしまった方々に対して可能な限りその流れを遅くすることと思います。一度侵襲を受けた歯は、適切なコントロールがなされないと、そのほとんどが悲惨な状況をたどる現状を見るにつけ、何とかできないものかと日々考えております。
予防的なアプローチが必要不可欠
歯科医院での治療のほとんどを占める虫歯も歯周病も完全に治すことができないことを是非ご理解ください。ただ虫歯や歯周病は細菌による感染症ですので、将来内科的に完全に防げる日がくるかもしれません。そのような日が来るまでは、悪循環へ入れない。悪循環を遅らせるために予防的なアプローチが必要不可欠であることは明らかです。
3か月に1度のメインテナンスで健康な歯に
先日訪れた患者さんは、まだすべての歯がありほとんどは手をつけていない健康な歯にもかかわらず「何歳になったら義歯になるのですか?」と聞かれました。確かにその方のお母様は、歯が少なく上下とも義歯が入っています。ただその患者さんは、3か月に1度のメインテナンスに、もう7年ほど通われており大きな問題を生じていません。「今のまま歯を失わずに一生いけると思いますよ。」とお答えすると非常に驚かれるとともに喜んでおられました。」